ジャズのコード進行の原理

前置き

はじめまして, コンポーザー, DJなどをやっているArakurです.

昔は打ち込みジャズを専門で作っていたのですが, ここ最近は殆ど作る機会がなく, 知識やTipsを持て余すくらいなら同志や後進に託そうと思ったので少しずつ記事にしてみることにしました. 第1回は, 古典和声またはポピュラー和声についてある程度知っている方向けにジャズのコード進行の理論の原理的な部分について解説します(第2回が今後書かれるかはまだ分かりません). とりあえずこれを読み切ればそこいらのスタンダードの進行は最低限アナライズできるようになる, という感じの内容を目指しています.

本記事は他ジャンルの制作にあたってジャズの知識を取り入れたいというような層を主に想定しています. 僕自身体系的なジャズ・音楽理論の教育を受けたわけではなく, 知識の大半はネットや古い教則本, およびセッションなどによる実践的経験を通じたもので, 以下の内容も多分に我流・独自研究の要素が含まれています. そのためジャズを専門に志したい方, 音楽理論を体系的に学んでいる方からすると物足りない・不正確な内容となっている可能性が高いです. 特にターミノロジーには極めて自信がないので誤りについては適宜ご指摘いただけるとありがたいです.

スタンダードのコード進行は, 黒本*1に載っているものと基本的には同じだとは思いますが, 現在黒本が手元にないため記憶や耳コピを頼りにしていたりググって出てきたものを参照したりしているので, 細部の正確性は保証されていません. 大筋は合っているはずなのでご了承ください. おいおい黒本を基に修正します.

はじめに

前書きが長いのでひとまずこれなど聴きながら流し読みしてください.

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本記事ではジャズ理論のうち, 特にジャズ楽曲のアナライズや作編曲の役に立つコード進行の基本, 原理について解説します. 以下の事柄についてはここでは解説せず, (多分, おいおい)別記事にまとめます.

  • テンションやヴォイシングなど, コード単体の構成
  • スケールやモード, アプローチノートなどのメロディに関する手法(アドリブに関する手法を含む)
  • 作編曲, 打ち込みにおける技法
  • モードジャズやコンテンポラリージャズにおける, 機能和声の範囲を超える技法

本記事は主にジャズ以外のジャンルである程度の作曲経験がある人を対象とするため, 以下では初歩的な和声の知識(キー, コードネーム, ディグリーネーム, 和音の機能, ケーデンス(カデンツ)等)は仮定します. その上で実践的なコード進行の理論にある程度馴染みがないとしんどいかもしれません.

ジャズの特徴

本題に入る前に, そもそもジャズ理論とはどういうものかについて書いておきます. 一口にジャズといっても100年以上歴史があるジャンルですが, ここではジャズといったらモダンジャズビバップハードバップ期の典型的な様式を指すことにします. これは現代のジャズの基礎を形作った時期で, ジャズプレイヤーを志すものがみな最初に通る道でもあります.

この時期のジャズのスタイルは少人数のコンボによるアドリブ演奏が前提であり, それ以前のジャズ理論からアドリブ演奏を行うのに適したシステマティックな理論体系に置き換わりました. モダンジャズのアドリブ演奏は32小節程度の短めの曲が題材として選ばれ, まずは一曲通して演奏したのちその曲のコード進行を繰り返しながらその上で各奏者がアドリブソロを演奏する, というのが基本的なスタイルです.

元々はアドリブ演奏のためにシステム化された理論ですが, モダンジャズ勃興から70年以上経過した現在に至るまでその理論体系はそれ以降のあらゆるジャズの基礎となっています.

スタンダードについて

以下ではいくつかジャズの有名曲を例に挙げて解説していますが, これらの楽曲はジャズにおけるスタンダードと呼ばれる曲群です. スタンダードとはカバーやアドリブセッションで頻繁に演奏される定番の曲で, マイナーなものを含めれば数千曲以上存在します(参考: https://www.jazzstandards.com/compositions/). その原曲はジャズであったり, ジャズ以外のジャンルの(当時の)流行曲のジャズアレンジであったりします.

スタンダード曲は練習曲としての意味も持ちます. ジャズを志す初心者たるもの基本的なスタンダード曲は一通り暗譜し, アドリブに向けて楽曲構造を覚えて練習するというのが伝統的な学習法になっています. 以下でも必要に応じてスタンダード曲のコード進行を引用していきます(添付しているYouTube音源もほとんどは著名なミュージシャンによるカバー音源です. 一部個人的な好みでオリジナルではなくカバーを選んでるものもあります).

ジャズ理論の特徴

ジャズのコード進行における最大のキーワードは強進行およびツーファイブ(ワン)であり, これらの要素を取り入れていくことでジャズらしいコード進行が形成されます.

ジャズは強進行とツーファイブの骨格さえ維持していれば, キーやケーデンスといった枠組みを飛び越えた転調やコードワークを自然に行うことができてしまいます. これによりジャズのコード進行はノンダイアトニックコードにまみれた難解なものとなりがちで, そのような複雑なコード進行を指向していくさまは古典和声やポピュラー和声の感覚からするとしばしば異質に感じるかもしれません. しかしジャズに特有の価値観, 美学について学んでいけば, そういった一見難解な進行のもつ普遍的な構造を理解していく助けになるかと思います.

ジャズのコード

まず前提として, ジャズのコードは基本的に四和音で, 普通の三和音は殆ど用いません. たとえばCのようなコードは用いず, 代わりにCmaj7, C7, C6といったコードを用います. 楽譜に単にCなどと書いてあった場合, 状況に応じて音をひとつ足して四和音にすることを暗黙に要求しているとしばしば解釈されます.

本記事で主に用いる基本的な四和音は以下の通りです:

(TODO: 五線譜を挿入)

  • メジャーセブンス Cmaj7 ... ド, ミ, ソ, シ
  • マイナーセブンス Cmin7 ... ド, ミ, ソ,
  • ドミナントセブンス C7 ... ド, ミ, ソ,
  • マイナーセブンス♭5(ハーフディミニッシュ) Cmin7♭5 ... ド, ミ, ソ,
  • ディミニッシュセブンス Cdim7 ... ド, ミ, ソ, ラ

マイナーセブンス♭5とディミニッシュセブンスの違いに注意してください.

さらに, その四和音も必要に応じてテンションノートと呼ばれる追加の音を加えることで彩りを加えます. テンションノートはコードネームの右上にCmaj7♯11のように音程を書いて表現します. テンションノートの加え方については別記事で改めて解説する(かも知れない)ので, よくわからなければここでは無視してしまって大丈夫です.

キー

ジャズは管楽器主体のアンサンブルであるため, サックスやトランペットなどの移調楽器に合わせてジャズの曲の多くはフラット系のキー(F, B, E, ...)に設定されています. 本記事でもほとんどの箇所でフラット系のキーを用いていますが, 打ち込み音楽であったり管楽器の入らないアンサンブルでの演奏を想定する場合には別に律儀にフラット系にする必要もないでしょう. キーの設定は本質的なものではないので自由にやってしまってよいと思います.

強進行

ここから本格的にジャズのコード進行についての解説に入っていきます.

強進行とはルート(根音)が完全5度(ソ→ドの間隔)下行するコード進行*2のことです. たとえば

  • G7 → Cmaj7
  • Bmin7 → E7
  • Cmaj7 → Fmaj7

はいずれも強進行です. 前後のコードの種類(maj7, min7, 7など)は問いません.

ジャズの機能和声において強進行はあらゆるコード進行を支配する絶対的な骨格です. 強進行のもたらす支配力はたとえばキーやケーデンス(カデンツ)といった要素よりもはるかに大きく, しばしばキーやケーデンスを完全に無視したコード進行も強進行によって支えられている限り説得力を持ちえます. 身もふたもない言い方をすると, ジャズのコード進行は曲全体の構成を最低限保ちながら強進行を延々と繰り返すことによって作られているといえます.

分かりやすい一つの例として, ジャズのビギナープレイヤーが最初に練習するスタンダード曲であるJoseph Kosma - Autumn Leaves(枯葉)のコード進行を挙げましょう. キーはG minorです.

Cmin7 F7 Bmaj7 Emaj7 Amin7♭5 D7 Gmin
Cmin7 F7 Bmaj7 Emaj7 Amin7♭5 D7 Gmin
Amin7♭5 D7 Gmin Cmin7 F7 Bmaj7 Emaj7
Amin7♭5 D7 Gmin7 | G7 Fmin7 | E7(♯9) E7 D7 Gmin7 G7♭9 :||

www.youtube.com (テーマは0:52頃から)

すこし目を通してみれば分かるように, 曲の至るところが強進行で構成されています. 特に前半で繰り返される

  • Cmin7 → F7 → Bmaj7 → Emaj7 → Amin7♭5 → D7 → Gmin7 → (Cmin7)

の循環はキーG minorのダイアトニックコード7種類すべてを使い, 中央のEmaj7 → Amin7♭5の部分以外のすべての部分で強進行を行っているという, いろは歌を彷彿とさせる徹底された構成となっています.

Autumn Leavesは決して極端な例外ではなく, このような強進行の連鎖はあらゆるジャズスタンダード曲において観察することができます. 以上にみられる徹底した強進行への執着はジャズらしいサウンドの大きな特徴になっています.

強進行が絶対的な支配者であるジャズにおいて, キーは他のジャンルほど絶対的な存在ではありません. キーはコードおよびメロディが最後に着地するべきトニックを明示しますが, ジャズにおいては曲の冒頭から既に転調していたり, 曲の大半の部分が元のキーから外れていたり, 果ては転調をひたすら繰り返した挙句変なところに着地していて結局キーが何なのかよくわからないような曲もしばしば存在するほどです.

ツーファイブ, ツーファイブワン

一口に強進行といっても前後のコードの組み合わせによって役割が異なり, その中にある種の「強い」「弱い」とされる進行が存在します. 例えばすべてのコードをmaj7にして

  • Dmaj7 → Gmaj7 → Cmaj7 → Fmaj7

などと強進行してもそれだけでは平坦で起伏がなく, ジャズらしいコード進行にはなりません. コード進行に濃淡をつけ, 雰囲気の方向性を生み出すために「強い」進行によってコードの間に力関係を与えていく必要があります.

ドミナントセブンスからトニックに進行する強進行を特にドミナントモーションと呼びます.

  • G7 → Cmaj7
  • A7 → Dmin7
  • C7 → F7

ここではIに解決するV7 → Iという形に限らず, VI7 → IImin7やI7 → IVmaj7といったI以外のコードに解決するセカンダリドミナントによるものも含みます.

ドミナントモーションは解決感が強く, 強進行の中でも特に「強い」進行です. すなわち, 曲の力強い展開を作ることができる進行になります.

次に, マイナーセブンスIImin7またはマイナーセブンス♭5 IImin7♭5からドミナントセブンスV7への強進行をツーファイブと呼びます. IIからVへの進行なのでツーファイブです. これもV7の部分がセカンダリドミナントである場合を含めます.

  • Dmin7 → G7
  • Emin7♭5 → A7
  • Gmin7 → C7

マイナーセブンスによるツーファイブはメジャーツーファイブ, マイナーセブンス♭5によるツーファイブはマイナーツーファイブと呼ばれます*3.

ツーファイブのあとドミナントモーションを行う進行をツーファイブワンと呼びます:

  • Dmin7 → G7 → Cmaj7
  • Emin7♭5 → A7 → Dmin7
  • Gmin7 → C7 → F7

ツーファイブおよびツーファイブワンは強進行の中でも一番頻繁にみられる, ジャズにおける最も基本的なコード進行のパターンです. 前節のAutumn Leavesにおける強進行の連鎖の中にも多くのツーファイブワンが含まれていることに気づくでしょう. このコード進行はケーデンスでいうところのサブドミナントドミナント→トニックという動きに対応しており, 実際に鳴らしてみれば非常に王道的な, これ単体でジャズらしい響きのサウンドになっていることがわかると思います.

ツーファイブワンはIImin7 → V7 → Imaj7として通常の終止に使用しても良いですし, IIImin7 → VI7 → IImin7のようにセカンダリドミナントを経由してI以外のコードに解決する動きもアリです.

ツーファイブの偽終止

ツーファイブワンの「ワン」の部分はしばしば別のコードに置き換わります(いわゆる偽終止):

  • Dmin7 → G7 → Amin7
  • Dmin7 → G7 → Emin7
  • Dmin7 → G7 → Gmin7
  • Gmin7 → C7 → Gmin7 (Ray Henderson - Bye Bye Blackbird 7-9小節目, key=F major)
  • Dmin7 → G7 → Amaj7 (Charlie Parker - Donna Lee 10-11小節目, key=A major)
  • Dmin7 → G7♭9 → Dmaj7 (Thelonious Monk - Pannonica 7-8小節目, key=C major?)

最初の2つについては, Amin7やEmin7はCmaj7の代理和音なのでこれは自然に感じると思います. 3つ目はドミナントセブンスG7をそのままマイナーセブンスGmin7に進行させるという, 次にさらにツーファイブGmin7 → C7につなげることを意図した形です.

4つ目はIImin7 → V7 → IImin7と進む偽終止ですが, サブドミナントドミナントサブドミナント禁則進行になっている例です*4.

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5つ目はIVm7 → ♭VII7 → Imaj7と進行している, バックドア・ケーデンスと呼ばれるジャズ特有の進行です*5.

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6つ目は, なんというか半音ずれてない?と思ってしまいそうな終止ですが, これが普通に曲のエンディングの進行になっています.

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このような感じで, ツーファイブの後には強進行やケーデンスといった枠組みに囚われずかなり色々なコードが使われます. その中には理論的に容易に解釈可能なものから困難なものまで様々なものがありますが, いずれも直前のツーファイブの圧倒的な力がそのような多彩な進行に説得力を与えています. たとえば直前の進行が普通のトライアドによるF → Gのような素朴な進行であった場合, そこからこれほどまでに多彩な進行を行うのは難しいでしょう.

ツーファイブの連鎖

ツーファイブも以下のようにつなげていくことができます:

  • Emin7 → A7 → Dmin7 → G7 → Cmaj7
  • Bmin7♭5 → E7 → Amin7 → D7 → Dmin7 → G7 → Cmaj7
  • Emin7 → A7 → Fmin7 → B7 → Emaj7 (John Coltrane - Moments Notice 1-3小節目, key=E major)
  • Emin7♭5 → A7♭9 → Cmin7 → F7 → Fmin7 → B7 → Emaj7 (Victor Young - Stellar By Starlight 1-9小節目, key=E major)

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真面目に強進行を繰り返すだけでは曲の構成通りにコード進行を繋げるのは難しい場合もありますが, 前述の偽終止を必要に応じて活用することで, 長いツーファイブの列であっても自然な流れを断ち切ることなくつなげることができます.

転調

ツーファイブワンは(部分)転調を行う際にも用いられます. 転調時にツーファイブワンを行うことで次の調ではこの音がトニックだという意図が明確に示され, 転調後の調性が強く決定される効果があります.

ツーファイブワンというケーデンスのもつ力は絶大で, 唐突な調の変化でも直前にツーファイブワンを敷けば成立させることができます.

  • Emaj7 → Amin7 → D7 → Gmaj7 (John Coltrane - Lazy Bird 5-7小節目, key=G major)

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この曲は8小節の間にG majorからE majorへ長三度下のキーの和音を経由してG majorに戻る(上の進行はG majorに戻る部分)というかなり奇抜な展開なのですが, ツーファイブワンによる力強い流れのおかげで唐突さが軽減され説得力のある進行になっています.

ツーファイブによるリハモナイズ

次はやや実践的な内容です. ツーファイブを使って以下のコード進行をジャズ的にリハモナイズしてみましょう. キーはC majorです.

C Amin F G C

是非手元で打ち込んだり鳴らしたりしてサウンドの変化を耳で確認してみてください. まずは全てのコードを四和音に直します.

Cmaj7 Amin7 Fmaj7 G7 Cmaj7

次に, コード進行のそれぞれの部分にツーファイブの動きを追加していきます. 最初に, 最後のG7 → Cmaj7の部分をツーファイブワンに置き換えます.

Cmaj7 Amin7 Fmaj7 Dmin7 G7 Cmaj7

2つ目のコードであるAmin7に対し, マイナーツーファイブBmin7♭5 → E7を付け加えてみましょう.

Cmaj7 Bmin7♭5 | E7 Amin7 Fmaj7 Dmin7 G7 Cmaj7

同様にFmaj7に対してもメジャーツーファイブGmin7 → C7によるアプローチを加えてみます.

Cmaj7 Bmin7♭5 | E7 Amin7 Gmin7 | C7 Fmaj7 Dmin7 G7 Cmaj7

Dmin7にもメジャーツーファイブEmin7 → A7によるアプローチを加えます.

Cmaj7 Bmin7♭5 | E7 Amin7 Gmin7 | C7 Fmaj7 Emin7 | A7 Dmin7 G7 Cmaj7

このままでもよいのですが, 最後のツーファイブワンのリズムを他と合わせるためにセカンダリドミナントD7を挟みましょう.

Cmaj7 Bmin7♭5 | E7 Amin7 Gmin7 | C7 Fmaj7 Emin7 | A7 D7 Dmin7 | G7
Cmaj7

元の進行と完成形の進行を見比べると, 元の進行はT → 代理T → SD → D → Tと穏やかに進む緩慢な進行であったのに対し, リハモナイズ後の進行は2小節ごとにノンダイアトニックコードを伴うツーファイブワンが入り, 強進行を行うたびに劇的に色合いが変化していく進行になっているのが分かると思います.

また, 上の進行はカノン進行に非常に似ていることに気付かれた方も多いでしょう.

C G / B Amin Emin / G Fmaj7 C / E Dmin G7 C

先ほどの進行はカノン進行の偶数番目のコードをツーファイブに置き換えて作られた, カノン進行のジャズ的解釈と考えることもできます. カノン進行も劇的な展開のコード進行ですが, リハモナイズした進行ではセカンダリドミナントを多用したツーファイブワンの動きによってさらに力強さが増していることが分かると思います.

この進行はCharlie Parker - Confirmationにて用いられた進行(とほぼ同じ構成)であることから通称Confirmation進行とも呼ばれ, キャッチ―な展開でメロディが組みやすいため非ジャズのポピュラー音楽にもしばしば用いられる進行です.

(Charlie Parker - Confirmation 1-9小節目, key=F major)

Fmaj7 Emin7♭5 | A7 Dmin7 | (G7) Cmin7 | F7 B7 Amin7 | D7 G7
Gmin7 | C7 Fmaj7

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裏コード

そのままでは自然な強進行の流れに持っていきづらい場合, ジャズではしばしば「裏コード」を経由した動きが利用されます.

裏コードとは, ドミナントセブンスに対し, その減5度上*6にあるドミナントセブンスをいいます. すなわち, たとえばC7の裏コードはG7, G7の裏コードはD7です.

裏コードの裏コードは自分自身です. 裏コードは元のコードと表裏一体の関係にあり, 元のドミナントセブンスの代理和音になります.

裏コードが元のコードの代理和音になるというのは一見奇妙に感じるかも知れません. たとえばG7の裏コードはD7ですが, 両者の構成音を比較すると

  • G7 ... ソ, , レ, ファ
  • D7 ... レ, ファ, ラ,

となり, シとファの2音が共通します. この2音はドミナントセブンスの中でトライトーン(三全音)の音程を構成している, ドミナントセブンスの核となる2音です. これが共通しているため, これらのコードは一見全然異なる見た目ですが同等の機能をもつことができます.

とりあえず, この2つのコードは実質同じコードということを受け入れておくと, たとえばツーファイブワン

  • Dmin7 → G7 → Cmaj7

の中央のドミナントセブンスG7を, G7の裏コードD7に自由に置き換えることができます:

  • Dmin7 → D7 → Cmaj7

(ただし, G7に普通のメロディをあてている場合D7に変えるとほとんどの場合サウンドしないので注意しましょう. D7にどんなメロディをつければいいのかについては後に書く(かも知れない)オルタードスケールの解説記事にまとめます.)

裏コードとクリシェ

ツーファイブワンの連鎖

  • Emin7 → A7 → Dmin7 → G7 → Cmaj7

においても, ドミナントセブンスA7およびG7をそれぞれ裏コードE7およびD7に置き換えてみます:

  • Emin7 → E7 → Dmin7 → D7 → Cmaj7

上の進行をよく見ると, ルート音がクリシェになっていることに気付くと思います. このように, ツーファイブワンの真ん中のドミナントセブンスを裏コードにすると半音下降型クリシェになるという面白い性質があります.

ここで改めてAutumn Leavesのコード進行を見てみましょう.

Cmin7 F7 Bmaj7 Emaj7 Amin7♭5 D7 Gmin
Cmin7 F7 Bmaj7 Emaj7 Amin7♭5 D7 Gmin
Amin7♭5 D7 Gmin Cmin7 F7 Bmaj7 Emaj7
Amin7♭5 D7 Gmin7 | G7 Fmin7 | E7(♯9) E7 D7 Gmin7 G7♭9 :||

最後の8小節に注目します.

  • Amin7♭5 → D7 → Gmin7 → G7 → Fmin7 → E7(♯9) → E7 → D7 → Gmin7 → G7♭9

次の太字の部分は, 半音下降型クリシェになっています:

  • Amin7♭5 → D7Gmin7 → G7 → Fmin7 → E7(♯9) → E7 → D7 → Gmin7 → G7♭9

試しに, 太字部分の2,4番目のドミナントセブンスを対応する裏コードに置き換えてみましょう.

  • Gmin7C7 → Fmin7B7 → E7

綺麗に強進行のツーファイブワンの繰り返しになっていることが分かります.

また, 次の太字の箇所

  • Amin7♭5 → D7 → Gmin7 → G7 → Fmin7 → E7(♯9)E7 → D7 → Gmin7 → G7♭9

も, ドミナントセブンスE7を対応する裏コードA7に変えることで,

  • A7 → D7 → Gmin7

となり, 純粋なツーファイブワンではないものの強進行の繰り返しによるツーファイブワンに近い進行が隠れていたことが分かります.

Autumn Leavesのコード進行を改めて見通すと, 裏コードを用いたものを含めれば曲の殆どのコード進行が強進行とツーファイブワンを基に作られていることが分かります. 当然普通にツーファイブワンを繰り返しているだけでは変化が付けられないため, 最後の8小節では裏コードを用いたアプローチで劇的な展開を作っているという形になります.

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このように, そのままでは自然な強進行, ツーファイブワンのラインを作りづらいような場合に, 裏コードで置き換えることで自然な流れを作るという手法があるわけです.

ちなみに, Kawaii Future Bassにおける定番の半音下降進行も原理としては裏コードを用いたツーファイブの連鎖です(Kawaii Future Bassの場合, 中央のコードはドミナントセブンスにしないでマイナーセブンスをそのままスライドさせる場合が多いですが).

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  • Dmin9 → E7♭13 → Amin9 → Amin9 → Gmin9 → C7 → Fmaj13 (Snail's House - Pixel Galaxy, key=C major)

転調・モーダルインターチェンジ

ここまで強進行およびツーファイブの機能についてキーを度外視して解説してきました. 「キーはそれほど絶対的なものではない」とは述べましたが, それでも殆どの曲では指針となるキーが最低限存在していて, コード進行は最終的にそのキーのトニックへと終止するように動きます. しかし, ジャズの多くの曲では元のキーに戻るまでの間に何度か部分的な転調や借用を繰り返し様々なキーを渡り歩くことになります. そのため転調のセオリーはジャズのコード理論における重要な一部分です.

ツーファイブの節でも解説した通り, ツーファイブワンの動きを利用するとかなり突飛な転調・借用でも成立させることができます:

  • Emaj7 → Amin7 → D7 → Gmaj7 (John Coltrane - Lazy Bird)

とはいえこのような奇抜な進行はあくまで飛び道具であり, 実際にはやはり同主調, 平行調, 属調, 下属調といったより自然な調に転調することが基本です. ここではジャズでの基本的な転調のパターンと, 転調する際の基本的な形を解説しておきます.

転調の基本形

ジャズにおいては, ブルース系のフレーズやコードワークを用いやすいという理由で, 完全四度上, 完全三度上, 長二度下など♭の増える方向に潜り込んでいく転調が比較的多く用いられます. 転調する際にはそのまま次の調のコードを鳴らすのではなく, 直前の小節からツーファイブワンを用いて自然につなぐのが基本的な方法です.

(John Lewis - Afternoon In Paris, key=C major)

C major B major
Cmaj7 Cmin7 | F7 Bmaj7 Bmin7 | E7
A major C major
Amaj7 Dmin7 | G7 Cmaj7 Dmin7 | G7 :||

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転調が極めて短いスパンで起こるためにツーファイブワンをしている時間がない場合には, 「ツー」を抜かして単にドミナントモーションで代用することもあります:

  • Cmaj7 → B7 → Emaj7

このように, 強進行の力を借りることで転調の動きに説得力を持たせることができます.

ここまで来れば, 強進行・ツーファイブワンがジャズのコード進行においていかに基本的なパーツであるかが大分分かってきたかと思います. コード進行のあらゆる構造がツーファイブワンに支えられています.

ツーファイブワンやドミナントモーションによってジャズがいかに軽率に転調を行うかの極端な例をひとつ挙げておきましょう. 曲全体で何回転調しているか数えてみてください.

(John Coltrane - Giant Steps, key=B major)

Bmaj7 | D7 Gmaj7 | B7 Emaj7 Amin7 | D7
Gmaj7 | B7 Emaj7 | F7 Bmaj7 Fmin7 | B7
Emaj7 Amin7 | D7 Gmaj7 Cmin7 | F7
Bmaj7 Fmin7 | B7 Emaj7 Cmin7 | F7 :||

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モーダルインターチェンジ

また, 「モーダルインターチェンジ」によるノンダイアトニックコードの借用や, それを起点としたツーファイブ, およびその進行を利用した転調もよく用いられます.

モーダルインターチェンジ(借用和音)は, 異なるキー(あるいはモード)のダイアトニックコードを(転調するわけではなく)一時的に借りる技法です. たとえばキーC majorにおいて, キーC minorのダイアトニックコードであるFmin7を借りるといった感じです.

(ポピュラー音楽におけるモーダルインターチェンジの例)

  • F → Fmin → Emin7 → Amin

一般に使用頻度の高いモーダルインターチェンジ同主調(C majorに対するC minor)からの借用(いわゆるサブドミナントマイナー)や下属調(C majorに対するF major)からの借用が代表的です. IVmin7や♭VIImaj7などが特に頻出ですが, その他にも幅広い和音が借用されます.

  • Fmaj7E7 → Amin7 → D7 → Gmin7Bmin7E7 → Amin7 (Henry Mancini - Days of Wine and Roses 1-9小節目, key=F major)

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偽終止の項で少し触れたバックドア・ケーデンスもモーダルインターチェンジ(サブドミナントマイナー)を起点としてツーファイブを組み立てることで作られる終止です.

  • Dmin7G7 → Amaj7 (Charlie Parker - Donna Lee 10-11小節目, key=A major)

モーダルインターチェンジには多様なパターンがあってここでは説明しきれないですが, 曲中で唐突にノンダイアトニックコードが出現した場合はまずモーダルインターチェンジを考えてどの調からの借用なのかに思いを馳せるとよいです.

ブルース進行

ジャズのコード進行の中で特に重要かつ特異なものとして(メジャー)ブルース進行があります. これはジャズ曲の中のブルースと呼ばれるサブカテゴリの曲(特にジャズ・ブルースと呼ばれます)すべてに共通するコード進行で, 以下の12小節から成ります.

(F Major Blues)

                                                  
   F7       B7       F7      
   B7       (Bdim7)       F7       D7   
   Gmin7       C7       F7 | D7       Gmin7 | C7       :||   

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曲によって細部は若干異なります. またキーはほとんどはF majorですがまれにB majorやC majorの曲も存在します. ともかく, 細かな差異はあれどこれとほぼ同じ進行をもつ曲が数百曲以上存在しており, ジャズを学ぶ上で避けては通れないコード進行となっています.

ブルースはジャズの様式的起源の一つである音楽ジャンルで, ジャズ・ブルースは本家ブルースのコード進行をジャズ的に再解釈したものになっています(本家ブルースでは9,10小節目がV→IVという, 禁則進行であると勘違いされがちな*7進行になっていますが, ジャズ・ブルースではこの部分は普通のツーファイブワンに置き換わっています). ジャズ・ブルースではないようなジャズの楽曲においてもブルースから借用したフレーズやハーモニーは頻繁に見られます. そのため, ジャズ・ブルースでないジャズにおいてもブルースに関する知識や感覚は大いに必要になります.

ともかく, まずは上のコード進行を分析してみましょう. まず目につくのは, トニックであるFがメジャーセブンスFmaj7ではなくドミナントセブンスF7の形を取っていることです. というのも, ブルースは純粋なFメジャースケールの上では演奏されず, ブルーノートスケールと呼ばれる特有のスケールの上で演奏されます. このスケールは通常のメジャースケールをベースにしながら♭3, ♭5(♯4)*8および♭7の3音が追加されることで作られるスケールです.

(TODO: 五線譜を挿入)

  • F blue note scale: ファ, ソ, ♭ラ, ♮ラ, ♭シ, ♮シ, ド, レ, ♭ミ, ♮ミ

♭3, ♭5(♯4), ♭7の3音はブルーノートと呼ばれます. 追加された♭3と♭7によってブルーノートスケールはメジャースケールの音とマイナースケールの音を半々に含んだような音階となり, ゆえに通常のメジャースケールのように純粋な明るい音色にはならず, 憂いや哀愁を帯びた「ブルージー」と表現される独特なサウンドになります. また半音のインターバルとなっている部分が多いため, ジャズのメロディラインの基本におけるクロマチック・アプローチを自然に用いることができるという特徴があります(メロディについてはここでは深入りせず別途解説します(多分)).

ブルーノートスケールの上では, FやBドミナントセブンスで鳴らします. Fmaj7やBmaj7に置き換えることは基本的になく, これらのコードはブルーノートスケール上ではサウンドしません. テンションノートとしては9や13といった通常のテンションノートの他に, F7上の♯9や♯11, B7上の♭9といったブルーノートにあたる音もテンションノートとして用いられるようになります.

6小節目のBdim7はBのルート音をブルーノートであるシに半音ずらしたもので, F7へと緊張感高く繋ぐためのコードです(曲によってはない場合もあります).

8-11小節目と11-1小節目はドミナントモーション+ツーファイブワンというもはやお決まりの展開ですが, 着地点がF7なので完璧に収まった感じのない, どことなく浮遊した終止に聴こえると思います.

ブルースでない曲でも, ブルースに登場するI7やIV7, ♯IVdim7などのコードが出てきた場合メロディはブルーノートスケールを用いたフレーズを展開しやすくなります. また, モーダルインターチェンジの項でも触れましたが, 同主調下属調からの借用和音の絡むコード進行も, メジャースケールとマイナースケールの継ぎ目でブルーノートスケールに近い動きがしやすいため好まれます. このように, ブルース的サウンドやメロディのアプローチを想定したハーモナイズというのもジャズではよく用いられます.

なお, やや曲数は少ないですがマイナーブルースというのも存在します.

(C minor Blues)

                                                  
   Cmin7       Fmin7       Cmin7      
   Fmin7          Cmin7      
   Dmin7♭5 (A)       G7       Cmin7       Dmin7♭5 | G7       :||   

www.youtube.com

こちらはキーが曲によってまちまちで, C minorだったりF minorだったりB minorだったりします.

まとめ

正確性に気を使って書いたらかなりの文量になってしまいました. 今後忙しい人向けのものも書くかもしれないです. ここまでの内容を抑えればほとんどのジャズスタンダードのコード進行はある程度アナライズできるようになると思います. あとはスタンダードの曲名などで画像検索するとリードシート(セッション時に使う楽譜)が出てくるので, それらを見ながら実際のジャズのコード進行の感覚を掴んでいくとよいでしょう.

以上ではジャズスタンダードにおけるコード進行の原理的な部分に焦点を絞ったため, ヴォイシンやグメロディ, 作編曲, 打ち込みのテクニックなどについては触れませんでした. こういったトピックについても, 時間を見つけて別途改めて書いていこうと思いますのでよろしくお願いします.

また, 以上の理論をどうジャズ以外の楽曲に生かしていくかというのは使い方次第だと思いますので, 以上を参考にしつつ各々のやりかたで思いもよらない展開を作っていただければよいと思います.

参考文献

前述の通り, 筆者は体系的な音楽の教育を殆ど受けていない上, 参考にしたテキストも上の内容に対して断片的で全体にソースのない記述が多いので, 信頼性についてあまりあてにならない点にはご了承ください. 今後文献を入手でき次第不正確な内容は修正していきます.

  • 納 浩一. Jazz Standard Bible. (いわゆる黒本. ジャズ・スタンダードの重要曲がほぼすべて収録されている)
  • ジャズギターが学べるサイト ジャズギタースタイルマスター. (有名なジャズギターの教則サイト)
  • 菅野義孝. 入門・目からウロコのジャズ・ギター. (筆者が唯一持っているジャズの教則本)
    1. Piston, M. DeVote 改訂増補, 角倉一朗訳. 和声法. (筆者が唯一持っている和声法の教科書. マサカリが飛んでこないように参照しました)

*1:納 浩一「Jazz Standard Bible」.

*2:あるいは同じことですが, 完全4度上行するコード進行と言っても良いです.

*3:メジャーツーファイブ/マイナーツーファイブだからといってメジャーコード/マイナーコードに解決しなければならないわけではありません. 展開次第で自由に組み合わせられます.

*4:Bye Bye Blackbirdのこの部分の進行にはもう少し分析の余地があるのですが, 本題と逸れるので割愛します.

*5:これは古典でも自然に説明できる進行ではあると思います.

*6:減5度下, 増4度上, 増4度下と言っても同じです.

*7:強い言葉を使ってしまって申し訳ないのですが, これが「音楽理論の縛りを離れた自由なサウンド」の代表例のように紹介されているのは個人的に納得がいかないです. 前提として, あるコードの機能はその和声が属するキーおよびスケールによって異なります. ブルースのコード進行は後述のとおりブルーノートスケールという独特なスケールの上で展開され, ここでのIVは自然にドミナントセブンスとして解釈されるため, この部分の進行はナイーブなケーデンスの理屈で禁則であると判断できるものではありません(と筆者は解釈しています). またこの進行はしばしばV→♭V→IVのように♭Vを経過して演奏されることにも注意が必要です.

*8:01/14/2022微修正.